頼政の名はたちまちみやこじゅうに知れ渡った。
頭は猿、手足は虎、身体は狢、尾は蛇。そして鳴き声は虎鶫。
見るもおぞましきばけもの、その名は鵺。
みやこの夜を騒がしたばけものを一矢のもとに射殺した英雄と、多くの人々が頼政を褒め称えたのである。流石は辟邪の武、摂津源氏の棟梁であると、辻を行く者たちは噂しあった。かの夜の頼政の偉業はまたたくまに宮中の者たちの知ることとなり、ばけもの退治より数日を経てついに帝のお耳にも届くこととなった。
宮中を脅かした恐ろしきばけものが討たれたことに近衛帝は大層お喜びになった。そして頼政は帝のお住まいである清涼殿へと召され、帝より直々にその勲功を労われることとなったのである。
頼政が御座所へと参内したのは、政務が終わった夕刻のことであった。清涼殿の東庭、満ちた月が山の端に顔を覗かせる中、正装した頼政は緊張の面持ちで畏まる。
むろん、いまだ従五位下の頼政が直に帝にお目通りを願うことなどできるはずもなく、直接お言葉を賜ることも許されない。
それを仲介するのは内覧の役にある宇治左大臣、藤原頼長であった。
「摂津頼政。此度の働き見事であった。宮中にありし怪異を討ち、みやこに安寧を取り戻したこと、主上は大層お喜びであられる」
「は……!」
頼政はただ伏して、そのお言葉を賜るのみである。
頼長が帝のお言葉を伝えるなか、頼政は近衛帝が御簾越しに何度か、粘つく咳をお漏らしになるのを聞いた。控える近衆を呼ぶ御声も弱々しく、お噂以上にお身体を悪くしている様子であった。
ばけものの噂とは別に、帝が長くお伏せりになっているという話は頼政も聞いていたが、その後様子は想像以上に悪いと見える。それでも君臣の功を労うため、病の身を押して頼政にお会いになるのであるから、まこと皇の貴きお人柄という他は無い。
「貴殿と摂津源氏の一門、なお一層の力を尽くし、みやこを守る勤めに励むようにと帝は仰せであるぞ」
「有難きお言葉にございます」
頼政が頭を垂れ、そのお心使いに深く感じ入っていると、頼長がつと腰を上げた。帝の近衆より一振りの太刀を頂戴し、頼政に差し出したのである。
「これなるは、主上より貴殿に賜られる此度の報奨である。号を獅子王。あやしき怪異を退けた、貴殿の武勇を讃える宝刀であるぞ」
頼政に与えられたのは、黒漆塗糸巻の拵も見事な、三尺五寸五分の見事な大太刀であった。黄地錦の糸巻の鞘に、木瓜を象った練革鍔、これに橙の錦包の太刀緒が見事な調和を添えている。およそ鞘や柄にまで糸巻きの拵えを施す美しい様式は、頼政も未だ目にしたことがないものであった。
「獅子は大陸の遥か西において百獣の王とも称される勇猛な獣である。あやしき怪異よりみやこを守る武勇の証としては、此れ以上ないものであろうぞ」
悪左府がちらと博学ぶりを披露し、公卿たちがおおと感嘆の声を漏らす。
「…………」
頼政はただ、大太刀の前に伏すばかりであった。強く湧き起こる慙愧の念が、彼の胸の内を占めていたのだ。
(……俺は、いったい何をしている)
虚構で塗り固められたばけもの退治で、帝に取り入るなど、神仏を恐れぬ不遜であろう。目の奥に焼き付いて離れない、骸となった娘の視線が、頼政を深く懊悩させる。
無抵抗の童女を射殺して、それを勲功と誇る。
それが辟邪の武、摂津源氏を率いる者の名誉なのか。ぎりりと噛み締めた歯が軋みを上げた。
頼政とて、昨日今日宮中に仕え始めたわけではない。政治というものが綺麗事だけで済むものだなどとは、口が裂けても言えぬ。しかし、物心ついてよりずっと励んだ弓馬の道は、罪なき娘の命を犠牲に、まがいものの栄誉を得るためものだったというのか。
(俺は、こんな……ッ)
帝直々のお召しである。まさか断るわけにもいかず参内こそしたものの、帝がそのお優しき言葉をかけ、公卿たちが口々にその武勇を褒める中、頼政の懊悩は深まるばかりであった。
「……いかがした。何ぞ不満でもあるのか、頼政よ」
その胸の内を察したのか否か。悪左府がじろりと頼政を見下ろした。冷徹な、冷静な、為政者の視線である。若くして藤原長者たらんとする彼の見識をもってすれば、頼政達の拙い隠し事など一目で看破されてしまいそうに思えた。
(動じるな。気付かれては、ならん。……事は俺だけのものではない。露見すれば、必ずや大きな禍根となる)
それだけは、避けねばならない。
「……慎んで、拝領いたします」
悲壮な決意で必死に動揺を押し隠しながら、頼政は慎重に大太刀をおしいただいた。
拝謁はほどなく終わりを迎えた。帝の前を辞し、頼政が御殿の前を半ばほどまで降りたときである。軽やかな鳴き声が東庭に響いた。
「あれ、この声は……杜鵑かや」
帝がお喜びの声を上げる。
丁度、時は四月も十日を過ぎたばかりである。どこからともなく訪れた一羽の杜鵑は、東庭の呉竹に留まって、さらに二度三度と鳴いた。山の端が朱から藍へと変わる刻限、弦月の明かりの中を彩る美しい鳴き声に、公卿たちもおおと顔をほころばせた。
ここで頼長、ふと頼政のほうを向き、
ほととぎす 名をも雲居に あぐるかな
と詠んだ。杜鵑がその美しい声を雲間に響かせるように、頼政が勇名を挙げたことを褒めたものである。しかしその真意は――あの日あの晩、ばけもの退治の現場に居た頼政の胸の内を測るものであった。
なんと狡猾なことか。悪左府は頼政が拝謁を終え、気が緩む一瞬を狙いすましてその真意を探ってきたのである。
何故ああも都合よくばけものが現れたのか。摂津源氏という辟邪の武門であれど、いまだ院や御所への出入りを許されぬ頼政が、何故それを準備万端で迎えることができたのか。どうして内覧の地位にある自分がその段取りを知らされておらぬのか。
悪左府が頼政に向けているのは、政敵、美福門院への警戒と、その走狗たる頼政への明らかな疑念であった。
摂津源氏の棟梁、源頼政の真意は如何に。その実力、まことあやかしを払うに足るものか。
悪左府頼長は、頼政の返答如何でたちまちそれを暴き立て、即座に彼等の企みを白日の下に晒さんとしていたのである。
しかし頼政、これに対してすかさず右の膝をつき、左の袖を広げて、夕空にかかる弓のような月を見上げて歌を返した。
弓張り月の いるにまかせて
「……ほう」
悪左府は眉を跳ねさせて感嘆の声を漏らした。咄嗟の事にも動じず見事な歌を返した頼政に感心しただけではない。
頼政の返歌が、ただ月のある方に弓を射ただけであると、謙虚な姿勢を貫いたものであったからだ。これはひとえに、公正無私に宮中警護の任に励むことを意味し、身命を賭して帝にお仕えすることを誓うものでもあった。
即座にこう返した頼政の心は、まこと二心なく帝への忠誠の証であった。
「これは、見事な……」
「流石は頼政卿……歌壇での評判はまことであったか」
居合わせた公卿たちが惜しみない称賛を送る。これには帝もいたく感心され、御簾の向こうより頼政を思い遣る再度のお言葉をおかけになった。
「ふむ。見事。弓矢を取って並ぶもの無きどころか、歌の道にも優れるとは。此れぞ摂津源氏の誉であるな」
悪左府頼長もまた、これをもって認識を改め、頼政の実力を認めたのである。
だが、はたして事実を知る頼政の胸中はいかばかりであったろう。
咄嗟の機転などではない。討ったはずのばけものはおらず、無残に命を散らした童のことを思い、頼政はただただ、心根の素直なところを吐露したに過ぎなかった。
しかし頼政の真意は人に知られることなく――ばけものを退治した頼政の名は、彼の預かり知らぬところでますます広く知られることになるのである。
◆ ◆ ◆
――開けて久寿二年(一一五五年)。
この年、頼政はみやこに常備された兵器を管理する役目、兵庫頭に任じられ、ますます宮中になくてはならぬ存在となっていた。職務もますます忙しくなり、知行との往復で忙しい仲綱に代わって、次男の頼兼といった息子達にも徐々にその手伝いを任せるようになっていた。
「お訪ね申す! ここな屋敷は摂津源氏の近衛河原屋敷でよろしいか!」
豪快極まりない声が近衛河原屋敷の門を叩いたのは、そんな折の事だ。
俄かに騒がしくなる門の方に頼政が目をやれば、制止する郎党たちをものともせず、一人の男がずかずかと屋敷へと上がり込んでくるところであった。
「ええい、止まれ! っ、止まらぬかっ!」
「おお、そこに見えるは摂津源氏の棟梁、源頼政殿で相違ありませぬか!」
喚く連に与をまるで気にも留めず、目を輝かせ男が叫ぶ。
その声の大きいこと言ったら、庭の池にさざ波が立つほどであった。
背には山のように大きな荷物を背負い、片手が塞がっているというのに、渡辺党の武者たち、大の男が六人がかりになってしがみつくのを気にも留めぬ。それどころか男は彼らを軽々と持ち上げ、子猫でも放るようにぽいぽいと投げ飛ばす。
授、省ら屈強な渡辺党の猛者達がまるで子供扱いだ。数間も宙を飛び、庭に転がされて目を回す郎党達に、さしもの頼政は驚きを隠せない。
「いかにも俺が頼政だが、そなたは……?」
「おう、これは失敬、ご挨拶が遅れましたな!」
赤銅色に焼けた太い腕でどんと胸を叩き、男はにかりと白い歯を見せる。
「陸奥四郎、源為義が一子、鎮西八郎為朝が参りました!」
源為朝――義朝の異母弟は、そう言って大きな声で笑った。
……成程、名乗りの通り、彼は若い頃の為義によく似た雰囲気を持っていた。
良く見ればまだ二十歳にも満たぬ冠者であるが、とてもそう呼ぶのは憚られるほどの偉丈夫である。身の丈は七尺をかるがると超え、立ち上がれば屋敷の天井を突き破らんばかり。日焼けした肌は赤銅色、伸び放題の髭がまるで鬼のよう。分厚い胸板や胸元や丸太のような手足には無数の矢傷があり、既に歴戦の風格すら窺わせる。
そして、何よりも驚くべきはその腕だ。鬼と見まごうばかりの太く大きな手は、左手が右手よりも四寸ばかり長いのである。これは、ひたすらに弓の鍛錬を続けた者に現れる特徴であった。見かけだけではなく、真に鋼のように鍛えられたものであることをありありと示しているのである。
異母兄、義朝の面長で細やかな立ち振る舞いの京貴族にも好まれそうな容貌とは異なり、太い眉に日焼けした頬、鋭い瞳という豪傑の造作である。決してみやこの基準では美形とは言えぬものの、この男はなぜか目を離せぬ奇妙な魅力にあふれていた。
この男の笑う顔を見たいと、共に戦場で肩を並べたいと、そんな感想を抱かせるのである。
迷惑に思うことこそあれ、心から嫌う事などできそうにない――そんな男であった。
「これは土産です、皆で食ってくだされ」
どしんと地を震わせる大荷物の中身は、どこで捕えたか、呆れるほど大きな猪の燻製の塊である。仏門の加護篤き京では獣肉食は禁忌とされ、穢れとしてすら捕えられている。頼政も少なくとも表向きはそう振舞っていた。
が、為朝はまるで意に介していない。郎党達の迷惑そうな顔もどこ吹く風、俺もご相伴に預かるとしようと言い出し、土産のはずの燻製を勝手に引き千切って美味そうに齧り始めるのである。近くに居た郎党に酒までねだり、いよいよ手がつけられぬ。
獣肉のことを抜きにしても、すくなくともこのような振る舞いは供のものにさせるべきであって、仮にも河内源氏嫡流、為義の子である為朝のような立場のものがするべきではない。頼政が呆れていると、為朝は大きな声で笑うのだった。
「これは失敬! なにしろ鎮西は荒れておりますからな! 熊襲どもも隙あらば卑劣に襲ってくる! そのような所でやあやあ我こそはなどと叫んでも、誰が主だ従だと言っておっては始まらんのです。ともに火を囲んで飯を食い、轡を並べ戦場を駆ける! これがかの地の流儀でありますぞ!」
そう言って、大きな猪肉の塊をみるみる平らげてゆく。まったくもって呆れた男であった。
これには頼政もすっかり毒気を抜かれてしまった。およそ摂津源氏の長を前にしての行動とは思えぬが、不思議と頼政は為朝の所作を怒る気持ちになれぬのだ。
如何にも奔放なこの男には、どこにも無理をしている様子がない。
ただ風が吹くまま、あるがままの自然体で、笑い、食べ、飲み、話すその姿は、頼政達の心に焼き付いて離れぬのであった。
「頼政殿もいかがですか! 美味いですぞ!」
「……うむ、頂こう」
もはや笑うしかない。苦笑しながらもそれに応じる頼政である。こうなっては威厳も家格もあったものではないと、頼政は郎党達にも加わるように言って、自分は為朝の向かいに腰を下ろした。
そも、源氏の武門とは本来こういうものではなかったか。坂東に根付く武者達は皆、広大な野辺に馬を駆け、弓を引いて励み、夜には火を囲んで酒を酌み交わす――そんな日々を送っているのだ。みやこに近い摂津にあっても、そんな気風はまだ多く残っていた。
(俺も大概、みやこに染まっていたのか)
しかしこればかりは、みやこに面した地域に所領を持ち、長らくの人生を権謀術数渦巻く宮中に置いていたゆえのこと。頼政を責めるには値しないだろう。
いつしか場はなし崩しに宴席の体を取り、頼政は為朝と共に杯を重ねていた。
この為朝、母は摂津国江口の遊女といい、兄弟の末の弟だというのに幼いころから手のつけられぬ暴れ者で、歳の離れた兄達を泣かしてばかりだったという。とかくやることなすこと規格外、百人を相手に喧嘩して全員河に叩きこむなど、常識では測りかねることばかり繰り返した。さしもの父為義も扱いかねて、まだ十をいくつか過ぎたばかりの為朝を、厄介払い同然に鎮西へと送り込んだのである。彼もまた、義朝とは別の意味で、遠ざけておきたかった男なのだろう。
この頃の鎮西は、坂東になお比して未開の地である。朝廷の威光が届くのもせいぜいが太宰府まで、それより南はまったくの魔境と言っていい。実質は勘当同然の扱いであっただろう。
しかし為朝は疎まれているとも知らぬままこの父の命を忠実に守った。肥後国阿蘇郡にて平忠国の娘、白縫を娶ると、鎮西総追捕使を称して九州全土を暴れ回り、菊池氏、原田氏といったかの地の古豪達と合戦を繰り返すこと数十回。次々と城を攻め落とし、その領地を奪い取って、わずか三年でこの鎮西をほぼ平定したのだった。
周囲を巻き込もうともお構いなしの狼藉に溜まりかね、香椎宮の神人が朝廷に訴えたことで、ようやく為朝の行いが明るみに出た。為朝は勅命によるものと言い張っていたが、そのような事実はなく、鎮西総追捕使の官職も自称。結果的にこの狼藉は為義の責任問題とされたのである。これを理由に為義は検非違使の任を解かれ、為朝にはみやこに出頭するよう宣旨が下ったのであった。
みやこに呼びもどされた為朝、詮議の場でも相変わらずであった。居並ぶ重鎮を前に堂々とこれは自分の独断で父に咎はないと釈明し、あと半年もあれば九州をあまねく平定できたのだと悔しがってみせる始末である。
「――その時の親父殿の顔といったら、まったく愉快なものでありましたな!」
まこと、世の常識では測りかねる、まるで絵巻物の中から出てきたような、豪快な荒武者であった。
さて。既に述べたとおり為朝の父は河内源氏嫡流の源為義である。
鳥羽院や近衛帝との距離を遠ざけられた為義が新たな後援者を求め、新院崇徳と悪左府頼長に接近していることを頼政は知っていた。実のところこれは美福門院に通じた関白・藤原忠通による源氏の隔離工作であり、為義の検非違使解官も、美福門院と信西、忠通らの頼長失脚工作の一環とされていた。遠く坂東での為義、義朝親子の争いも、元をたどればそこに因を発するものである。
近衛帝を擁する美福門院、関白忠通らと新院崇徳を奉じる悪左府頼長。両者の対立は日ごと増す中で、現在の頼政の立場もまた微妙なものである。
頼政の後ろ盾である美福門院は、近衛帝の母として新院崇徳を酷く疎んでいる。そも、崇徳の早期譲位や近衛帝のわずか二歳での即位からして美福門院や忠通らの政治工作によるものであった。今後、帝と新院の対立が決定的なものとなれば、頼政もまた、美福門院の下、近衛帝陣営の戦力として数えられる立場にあるのだ。
つまりこの為朝の来訪は、頼政の動向を窺うためのものであると考えるのが自然であった。為朝自身も、鎮西より屈強な二十八騎を連れて新院の元に駆け付けたという噂である。
頼政がそれとなく為朝に探りを入れてみようとした矢先――、この若者はぐいと盃を干し、大きく首を振ってみせた。
「まったくもって、毎日つまらぬ話ばかり。誰某がどこそこに組した、某と某が手を組んだ、いや裏切ったと、ごちゃごちゃとせせこましい事ばかりで、まるで面白くない。これが天下のみやこであるというなら、なんとも息苦しくてかないませんな!」
為朝はばしんと膝を叩いて、頼政を見た。腰をおろしていても、やはり頼政からは見上げるような巨躯――まるで山が喋っているかのようである。
「俺はあまり頭が良くない。そのような小難しいことは苦手です。それよりも頼政殿! 此度、頼政殿をお訪ねしたのは他でもない。先年の鵺退治についてなのです!」
「……その話か」
頼政は渋い顔をするのを堪えられなかった。最近では大分機会も減ったとはいえ、一時は毎日昼と夜と関係なくその話ばかりを求められ、いい加減に辟易としていたのだ。
「頼政殿のお名前は、遠く鎮西にまで響いております。みやこを騒がせ、あろうことか帝の御身を脅かしたばけものを、見事一矢にて仕留めた、古今稀に見る弓の名手だと! 剛弓の名では安房守清盛殿も有名ですが、俺もこう見えて、弓には少しばかり自身が有りましてな!」
言って為朝、ぎりりと拳を握って見せる。その力強いことと言ったら、頼政も目を疑うほどだ。いっそ、これが人の力かと疑ってしまうほど。坂東武者は並みの男が十人がかりでも引けぬ弓を使うというが、為朝の弓はそのさらに五倍の強さで張ったという、常識を外れた剛弓だという噂がまことしやかに流れている。
恐るべきはそれが比喩や誇張ではないことだ。彼は本当にそれを可能にする、人外じみた膂力を持っているのであった。
「そのお話を聞きましてな、是非一度、頼政殿とは弓比べをしたいと思っておりました!」
豪快に笑う為朝。頼政は驚きを押し殺し、冷や汗を流さぬように取り繕うので精一杯だった。
(……こやつが、敵に回るかもしれんのか)
日に日に対立を深める新院と帝の対立を思い、頼政は陰鬱に頷く。渡辺党は、仲綱は、そして自分は、勝てるのだろうか。武士が己の価値を疑うなどとはあってはならぬことだが、その信念すら揺るがすほど、為朝の力は本物であった。
そんな為朝は、まるで子供のように目を輝かせ、頼政に話をねだるのである。
「頼政殿! 鵺とはいったい、どのようなばけものでありましたか!? 大層不気味で禍々しい姿をしていたと聞いておりますが!」
「うむ……」
どう答えたものか。為朝の純真な視線に困り果て、頼政はつい郎党達を見てしまう。無論のこと、彼等は何かを察してくれるようすはない。誤魔化すのはどうにも後ろめたく、さりとてこの場でさもあったかのごとき作り話を出来るほど、頼政は口の器用な男ではない。
「まだ、みやこにそのようなばけものが居たというのは驚きです。俺はてっきり、そのようなものたちはもうとっくに狩り尽くされたと思っておりました。俺も先頃、鎮西で暴れていた折に、このように大きな大蛇に出くわしましてな!」
「……なんと?」
そんな頼政の胸中を知ることなく、大きく手を広げ、為朝は話し始める。それはまったく真実を疑いたくなるような、荒唐無稽なものだった。
曰く、彼が配下の二十八騎と共に、鎮西の山を越えようとしていた時だ。後方を進んでいた兵糧を運ぶ牛馬が荷車ごと突然姿を消すという事態が立て続けに起きたのである。為朝達は熊襲の襲撃を疑い、すぐに荷車の捜索を始めた。
そこに現れたのは、なんと七本の首を持つ大蛇であった。そのひと巻きは山を囲うほど大きく太く、ぎらぎらと輝く鬼灯のような瞳の上には、二本の角まで生えていたという。
毒の息吹を吐き散らす大蛇にたちまち四人の兵が命を落とし、さらに二人が生きたまま丸飲みにされた。二十八騎の筆頭、荒法師の悪七別当や、剣豪・打手城八らが奮闘したが、大蛇の巨躯と鱗に阻まれ、まともに刃が通りもしない。
為朝はこれを見てすぐさま愛用の剛弓を構え、七寸五分の鏃を持つ槍のような矢を次々と射かけて七つある頭を次々に射抜いていった。六つ目の頭を潰したところで矢が尽き、為朝はなんと太刀を抜き、大蛇にうちかかったという。
そのまま組み合い、組伏せ、叩き、切り伏せること十と数合。大蛇も最後まで毒を吐いて抵抗し、さしもの為朝も意識が遠のきかけたが――仲間達の協力もあってついに最後の首を落とし、九死に一生を得たのだった。
「その大蛇の鱗と言うのがまた馬鹿でかいものでしてな、ためしに三枚ほど剥いで牛に引かせましたが、動かないどころか牛のほうが目を回してひっくり返ってしまう始末! なかなか愉快なさまでしたぞ!」
からからと笑いながら、愉快そうに語る為朝。
まったく耳を疑うばかりの法螺話、とても信じられぬものである。頼政もこれを人伝に聞いたのなら一笑に伏しただろう。仮に目の前に本人がやってきて話したとしても、それがこの為朝でなければやはり信じなかったはずだ。
だが――楽しそうに話す為朝の言葉は、どうしても偽りには聞こえない。そも、彼が嘘などを吐く理由がないのだ。為朝は出世を求めている訳ではなく、たびたびの命令を無視して鎮西を暴れ回り、強敵との戦の日々にこそ生き甲斐を見出していた。まったくの天真爛漫な野生児、みやこでの官位や出世など気にもかけていないだろう。戦功や武勇を厭うことはないだろうが、それはみやこで求められるものとは全く別の性質のものと言っていい。
つまり、為朝は武名を広めることになど頓着していないのだ。そんな彼が、どうして偽りのばけもの退治の話をつくりあげ、対立の可能性の高い頼政に話す必要があろうか。
為朝が子供のように目を輝かせて語る武勇伝に、頼政はいつしか引き込まれているのだった。
「いや、この話、誰にしてもなかなか信じてもらえぬのです。上皇様は大層喜んでくださいましたがな。法螺話と思われるのはどうでも良いのですが、どうせなら同じようにばけものを退治した頼政殿にも話を伺い、その鵺とやらが一体どんなばけものであったのかをお聞きしたいと思いましてな!」
まるで少年のような屈託のない笑顔で為朝が訊いてくる。いや。実際にそうなのだ。鎮西で戦に明け暮れ、歴戦を潜りぬけた屈強な豪傑であるが、かれはまだ十七、八の冠者(若者)なのである。
(……義朝どのも、あの若さで坂東を治めたのであったな)
頼政は気付く。彼は、頼政がずっと昔に忘れてしまった憧れの、神代の英雄のような人生を、そのまま送っているのだ。
為朝のまぶしいばかりの姿を前に、頼政はただ、胸の奥にわだかまる重苦しいものを感じていた。
「――すまぬが、その話はあまり好まぬ」
「ほおお、それはまた如何に? 帝を脅かしたばけものともなれば、さぞ恐ろしく手強いものだった筈! 臆したともなれば恥でありましょうが、そこに立ち向かい見事仕留めた頼政殿の勇気、謗る者などおりますまい」
「…………」
疑うことを知らぬ為朝の純真さに、頼政は言葉に詰まる。
手が無意識に杯をあおり、懊悩が吐息となってこぼれた。
「……為朝殿は、あまりみやこの息苦しさには慣れておらぬようだが……ここで武名を誇るというのは、いろいろと窮屈なものだ」
「窮屈? これはなんと、思いもよらぬお言葉ですな」
首を傾げ、顎を擦ってみせる為朝。これが雅頼や公卿連中の言葉であれば、間違いなく皮肉であろう。しかしどうやら、ほんとうに為朝には分かっていないらしい。
「ここはそういう場所なのだ。強いということを、ただ強いというだけのままでは置いてはくれぬ。名を立てれば、それは多くのものを集める力になるのだ。政と言う力にな。俺の弓は――それを褒め、慕う者たちを集める旗印とされる」
ゆっくりと、言葉を選びながらの頼政の話に、為朝は真剣に聞きいっていた。
武勇伝にまるで子供のような顔を見せるかと思えば――一転して思慮深く、頼政と己の立場を察している。まさに戦の子。もしもあと二百年――いや、百年でも早く生まれていれば、彼はまこと、生き残った最後の鬼や大百足を仕留めた英雄として名を残したのかもしれぬ。
だが、それを許されるには、今の平安京はあまりにも拓かれすぎた。
天地初めの時より、常に人のかたわらにあった闇は、いまは遠く討ち払われ、いかなるばけものも居らぬことを明らかにしている。
為朝もまた理解しているはずだ。これからみやこで起きるのは鎮西で夷敵やばけものを払う戦いではないことを。人と人の権謀、策謀に巻き込まれて、正義も善もなく繰り広げられる戦であることを。
そして。その上で為朝は、敵に回るやもしれぬ頼政に鵺の話を聞きに来た。次に遭う時は戦場であり、これが今生の別れになるかもしれぬと知りながら。
「――為朝殿」
もし、全てのくだらぬ柵から解き放たれたとして。ふたたび一から人生を歩むことが許されたとして。自分はこの男のように生きることができるだろうか? 頼政は己に問いかける。
恐らく、否。たとえ一から生まれ直したとしても、こう生きることはできまいと、頼政は感じていた。性分なのだ。いかに振る舞ってみせても、己に似合わぬ行き方は歪みを生む。
(話すべきだ――)
そう思った。鵺の真実を、この男にだけは告げておくべきだと、そう思った。彼、鎮西八郎為朝であれば、たとえ真実を話したところで軽蔑などすまい。
(……違う。軽蔑などされてもよい。この男だからこそ、話しておかねばならぬことなのだ)
あの鵺退治が、宮中の政争がもたらした茶番であったことを。鵺退治の英雄源頼政など、ただの虚構であるのだと。恐らく為朝はそれを聞いてもただ己の心のままに憤り、怒り、そして頼政のことを理解してくれるだろう。
だが、だから話すのではない。赦されるから話すのではないのだ。
真実、本物の英雄を前に、虚構はその嘘を白日のもとに晒されねばならないのだ。
だが、だが。
「…………」
「どうなさいました、頼政殿?」
「いや……」
――だが。頼政はその続きを口にできなかった。
いまのみやこにどこに目が、耳があるか分からない。頼政の胸中に秘め置かれてさえいれば、それは彼の心を苦しめるだけのものでしかないが、喋るという事は誰かに聞かれる可能性を持つ。仮にここでそれを口にしてしまえば、為朝が決して口外せぬと誓おうとも、秘密は秘密ではなくなるのだ。もしこれが、新院方に広まってしまえば?
あの時の娘の、切り落とされた生首の恨みがましい眼が脳裏をよぎる。
頼政の武名が偽りであることが知れ渡り、その弓の腕の評判が地に落ちれば――摂津源氏や渡辺党の一門は行き場を失ってしまう。今の頼政の地位は、積み上げられた無数の勲功の上に成り立っている。その中核にあるのが、件の鵺退治であった。そこを揺るがされてしまえば、鳥羽院の寵愛篤き美福門院の信頼も、頼政の武名に集まる郎党達も、失いかねないのだ。
為朝が不当に頼政を追い詰めることはないだろうということは確信できる。しかし、摂津源氏の棟梁、美福門院の意向をもって近衛帝に協力するという頼政の立場がそれを留まらせた。
頼政の抱えた秘密は、もはや誰とも共有すること叶わず、墓場まで持っていかなければならぬのである。
(ああ……)
頼政は痛感する。
(俺は、いつの間にか、自分でも思いもよらぬほど、ひどく臆病で、おそろしく詰まらぬ男になっていたのだな)
そもそも。鵺退治の真実など誰に話したところで、誰に軽蔑されたところで、どうでも良いはずだった。頼政のした行いは、それに相応しく、あさましくも非道なものだった筈だからだ。源氏が己の道を選ぶ自由をもたんなどと義朝に偉ぶりながら、頼政は体面のために己を捨てたのである。
一門のため、皆の為と言い訳を繕い、今更それが明らかになることを恐れるなど――なんと卑劣で、矮小なことか。
そんなちっぽけなものを、守らねばならない。あの時、雅頼の言葉に反論を徹さなかったばかりに。まるで他人事の振りをしていた自分が滑稽に思えてくる。この呪いを作り出したのは自分自身だ。自身のつくりだした呪詛に、頼政は縛られているのだ。
この迷いは、その呪いの苦しみであるのだ。
長い沈黙ののち、頼政はゆっくりと口を開いた。
「為朝殿」
「うむ? なんです?」
「俺からもひとつ尋ねたい。……おそらく、このままでは今のみやこで、新院と帝の戦は避けられぬであろう」
「でしょうなあ」
「為義殿やそなたは、新院のお傍に仕えておられる。対してそなたの兄、義朝殿は、いまやそなたや父君とは離れ、鳥羽院の信頼篤き北面武士。戦となれば鳥羽院は帝をお守りするため、義朝殿のお力を頼みとされるであろう。なれば、そなたは兄や為義殿と戦場で弓を向け合う事になるやもしれぬ。それを――どう思われるのか」
さて。それは真実、頼政の聞きたかったことであろうか。迷いが聞かせた、詮無き問いではなかったか。
為朝はしばし考え込んでいたが、やがてゆるりと首を振った。
「兄君にも困ったものだ。子が父に弓引くことなど、ありえぬことです。ですが――俺がこうして、上皇様に惚れ込んでしもうたように、兄君にも帝や鳥羽院様のお力にならんとする理由がおありでしょう。俺はあまり頭が良くない。政のことはまるで分かりませぬが、兄君は聡明だ。……その兄君が深く思案して決めたことです。道義にはもとれど、恨む理由にはなりますまい」
笑みと共に答える為朝。それはまったくの本心、心の底からの言葉であり、兄義朝を責める心など微塵もないことが明かであった。
(ああ……)
まこと、この男は英雄なのだ。
兄弟と相争うこととなってもまるで気にかけた風もない。義朝とて表向きは冷徹に振舞っていたが、父と袂を分かつことに血を吐くように義憤に耐え、私情を押し殺して我を貫いていた。しかし、為朝はその躊躇いすら感じておらぬ。
ただ、強き相手と良い戦ができればそれでよい――あまりにも奔放で豪快な、自由な魂を、頼政は心から羨ましく思うばかりであった。
結局、為朝は頼政の歯切れの悪い話にも眉一つ顰めず、丁寧に礼を言って辞していった。ちょうどその帰りに居合わせた早太はそんな彼を評し、いつものように大口をたたく。
「頼政さま! あの男、鎮西八郎などと申していましたが――噂ほどではないようですな! 単身乗り込んできておきながら、頼政さまに臆してすごすご逃げ帰るなど!」
「そうではない。そうではないのだ」
早太の物言いにうんざりと頼政は口を噤む。
こいつにはわかるまい。
正直、分かってほしくもない。頼政はそう思った。